こんにちは。
“うっちゃん”(ポップな鬱を抱える人)27年目、戸田幸紀です。
鬱というほどには重くない。でも心はとっくに限界を迎えている。
シリアスではなく、ポップな鬱人のこと、そんな人を僕は“うっちゃん”と呼んでいます。
先日、飲み会にて上司から酔っぱらったトーンで、「なんでお前は結婚しないのか?」と問われました。
今の時代、受取り手によっては何かと問題になりそうな発言ですが、そのことは一旦脇に置いておいて、一体この人はどの様な回答を僕に求めていたのだろうと考えました。。。
どうお答えすれば満足していただけたのでしょうか。。。
「女の子に話しかけるのがニガテで~」と言って上司の武勇伝を引き出すこと、、、?
「僕は●●さんみたいにモテないですから~」と言って暗に上司をほめ立てること、、?
「結婚なんて興味ないですから!」と独身志向を装う事で、上司の家族・子供の幸せトークを気持ちよく話させてあげること、、、?
どれもその瞬間の回答としては正解に近い気もしますが、プライドが引っ掛かって上手く言葉に出来ません。
苦しんだ挙句、「それなら娘さんと結婚させて下さい!」と返答しました。
「そんなこと許すわけないだろ!」と突っ込んでいただきましたが、その後の上司の表情は心なしか複雑に見えました。
勝った、、!
可能性としてあり得ない軽いユーモア(っぽい発言)でその場を煙撒きつつ、
大切な娘が結婚するかもというプレッシャーを上司に叩きつける事で復讐に成功した気がしました。
何かが満たされると共に、何かが消えていった気がしました。。
そもそも結婚とは何なのでしょうか。。。。。
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結婚式を控える友人と話す機会があった。
その友人曰く、プロポーズには指輪を含めて100万円以上かかったらしい。
なんと泊まるホテルだけで30万円近くかかるというのだ。。!
その友人は結婚式も同様に大金がかかると言い、ことあるごとに「金がない」と言っていた。
言葉とは裏腹に、どこか幸せそうな表情をしていた。
最近思う事がある。
結婚すると人は成熟していく。
優しい顔をするようになる。
器が大きくなっていく。
そう感じる。。
いや、正確には「そう見えてしまうのだ。。。」
そして僕はそれが気に入らない。。。
決して何も成し遂げていない。
むしろ側面によっては、彼らは弱体化したと言っても良い。
なのに彼らは余裕のある遠い存在へと昇華していく。おかしい、、何かがおかしい。
例えば飲み会が開かれたとする。
僕の様な独身が出席しても、「お前ってホント暇そうだよな~」なんてことを言われるが、
既婚者が出席すると、「忙しいのにありがとね!」となぜか感謝される光景を目にする事がある。
まるで1秒の価値が異なるかの様に。
誘うときだってそうだ。
僕らが既婚者を誘うときは何故か気を遣ってしまう。
「奥さんがいるのにいいのかな、、」とか、「奥さんに申し訳ないな、、」と。。。
なぜ恋人から妻へと変化するだけで、こんなにも扱いが変化するのだろうか。
結婚し、恋人が妻に代わるだけで、なぜかその人の“持ち物”の様な感覚が全体へと広がる。
こんなことを考えに考え、遂に僕は“結婚”に対する一つの理解を持つ事ができた。
ずばり、”結婚とは自尊心を満たすための買い物”なのだ。
お金をかけてパートナーという“持ち物”を得る行為。
“持ち物”だから持っていない人から羨ましがられ、しばらくは尊敬の対象になる。
しかし“持ち物”だからいずれ古くなると、捨てられない“荷物”へとなり、その人だけの“負荷”になるのだ。
そしてその“負荷”に耐えられない者たちが、
“バツイチ”という決して消えない刺青を入れる事で解放を手にする。そんな具合だ。。
僕には荷物を背負うフィジカルも覚悟もない。
刺青を入れる権利すらない。
彼らを下げるロジックを構築したと共に、自分の未熟さを痛感する。
人生はきっとこんなことの繰り返しだ。
そうだ、献血にいこう。
今だからできる社会貢献をしよう。
そんなことを思った。
戸田 幸紀